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京都地方裁判所 昭和55年(ワ)807号 判決

原告

久世泰己こと鄭鐘錫

ほか一名

被告

茶木政五郎

ほか一名

主文

一  被告らは各自各原告に対し、それぞれ金二五一万三三三五円及び内金二二六万三三三五円に対する昭和五五年六月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自各原告に対し、金一〇二四万七〇〇四円及び内金九三四万七〇〇四円に対する本訴状送達の日の翌日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  交通事故の発生

(一) 発生日時 昭和五四年一〇月一二日午後六時一〇分頃

(二) 場所 京都市下京区七条通御前東入

(三) 加害者 被告 茶木政五郎

(四) 加害車両 普通乗用自動車(タクシー)京五五い九五六八

(五) 保有者 被告エムケイ株式会社

(六) 被害者 久世こと鄭朱美

(七) 事故の態様 被害者運転の原付自転車に被告茶木運転のタクシーが衝突し、転倒させたもの

2  鄭朱美の死亡

鄭朱美(以下朱美という)は、右交通事故後直ちに、シミズ外科病院に入院し治療をうけたが、左急性硬膜下血腫で同月一九日死亡した。

右朱美は、昭和三七年三月一九日生れの女子であり、死亡当時一七歳六カ月であつた。

3  被告らの責任

(一) 被告茶木政五郎の責任

被告茶木政五郎(以下茶木という)は、自動車運転手として当然注視しなければならない前方確認をタクシー客をさがす余り怠り、その過失で亡朱美運転の原付自転車に自車を衝突させたものであるから、民法七〇九条により賠償責任を有する。

(二) 被告エムケイ株式会社の責任

被告エムケイ株式会社(以下被告会社という)は、本件加害車両を保有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により賠償責任を有する。

4  亡朱美の損害

(一) 逸失利益 二五六六万〇四〇八円

(1) 死亡当時の年齢 満一七歳

(2) 収入 昭和五二年度の賃金センサスによれば、女子労働者の平均賃金は毎月一〇万一九〇〇円の給与と年間三〇万〇一〇〇円の賞与等である。そうすると朱美の年収は一五二万二九〇〇円である(なお同人は本件事故当時喫茶店にウエイトレスとして勤務し事故前三カ月間に合計二八万八三〇〇円の収入を得たほか、父親の原告鄭鐘錫経営の有限会社三栄興業の手伝いをして一カ月五万円の給与の支払を得ていたが、逸失利益の算出にあたつては長期間にわたることを考慮して女子労働者の平均賃金を基礎とするものである)。

(101,900×12)+300,100=1,522,900(円)

(3) 生活費控除割合 右収入の三〇パーセント

(4) 就労可能年数 五〇年

以上により朱美の逸失利益は二五六六万〇四〇八円である。

1,522,900×(1-0.3)×240.719=25,660,408(円)

(二) 慰藉料 一二〇〇万円

朱美は、本件事故で頭部を強打し、開頭施術までうけたが、その効なく一七歳で死亡し、これからの有為な人生を奪われた無念さを思い、さらに被告会社が本件示談にとつた不誠実な態度を考えるとき、これを慰藉するには少なくとも金一二〇〇万円が必要である。

(三) 治療費 二四九万五二〇〇円

(四) 入院諸雑費 九六〇〇円(一日一二〇〇円の割合)

(五) 付添費 二万四〇〇〇円(一日三〇〇〇円の割合)

5  原告らの損害

(一) 葬儀費用 各三五万円

原告らは、右朱美の葬儀一式を営み金一四三万円を支出したが、そのうち金七〇万円(各原告三五万円)を請求する。

(二) 弁護士費用 各一〇五万円

原告らは、本件の複雑困難な訴訟を提起するにあたり、原告ら代理人に訴訟委任をなし、着手金として合同で金三〇万円をすでに支払い、報酬として第一審判決言渡の翌日に金一八〇万円を支払う約束をしたので、各原告につき、右金額の二分の一の各損害をこうむつた。

6  損益相殺

原告らは前記損害に対し、自賠責保険から二〇〇〇万円を受領し、また治療費は被告会社が負担したのでこれを右損害から控除する。

7  相続

原告らは亡朱美の実父母であり、相続人であり、亡朱美に発生した前記4の損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続により取得した(韓国民法一〇〇〇条、一〇〇九条)。

8  よつて原告らは、被告茶木に対しては民法七〇九条に基づき、被告エムケイ株式会社に対しては自賠法三条に基づき、それぞれ一〇二四万七〇〇四円及び弁護士費用の報酬分を除く各内金九三四万七〇〇四円に対する本訴状送達の日の翌日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  請求原因2は認める。

3  請求原因3(一)は争う。同3(二)は認める。

4  請求原因4は争う(但し4(三)については認める)。

5  請求原因5は争う。

6  請求原因6は認める。

7  請求原因7は争う。

三  被告らの主張

過失相殺

(一)  被害者鄭朱美は、原付自転車を運転しているのであるから道路左側端を通行すべき義務があるのに拘らず、これに違反して道路中央寄りを走行し、被告茶木が左折にかかろうと事前に方向指示器を出しているのにこれを漫然と看過した過失がある。

(二)  また同人は当時ヘルメツトをかぶつておらなかつたのであり、もしヘルメツトを着用していたら、本件の場合軽い脳シントウで終つたと思料される。

四  被告らの主張に対する認否

被告らの主張を争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1(本件交通事故の発生)及び請求原因2(鄭朱美の死亡)については、当事者間に争いがない。

二  被告らの責任

1  被告茶木の責任

成立に争いのない乙第一号証、同三号証、同四号証、同六号証、証人鯉池勇子の証言、被告本人茶木政五郎尋問の結果を総合すると、本件事故現場である七条通御前交差点付近の七条通は、片側幅員一〇・二〇メートルの各片側三車線の道路であること、被告茶木は七条御前より二筋西側の交差点で赤信号のため信号停止した後、七条通東行第二車線を時速約四〇キロメートルで東進し、右七条御前交差点にさしかかつたが同交差点の信号が青であつたためそのまま進行を継続したものであること、一方被害者朱美はその友人鯉池勇子とともにそれぞれ原動機付自転車を運転して七条通を東進し右交差点において信号待ちのため停止した後青信号と共に朱美を先頭に相前後してスタートし、時速約二〇キロメートルの速度で同交差点を通過中前記速度で東進して来た茶木は右鯉池勇子運転の車両を追い抜き、同交差点東端付近では朱美運転の原動機付自転車をも追い抜こうとする状況であつたこと、茶木は現場付近が客の多いところであるため第二車線から第一車線に車線変更をしようとし、方向指示器により進路変更の合図をし左後方の安全は一応バツクミラーで確認したものの乗客を見つけようとして同交差点東方の道路北側のバス停留所付近のバス待ちの乗客に注意を奪われ、自車左前方ないし左側方の車両の有無、動静を十分確かめないまま不用意にハンドルを左に切つたため折柄茶木の左側方附近を並進していた朱美運転の原動機付自転車の右側方に自車左前端部を衝突させたものであること、このため右原動機付自転車は押出されるように左前方方向へ暴走、転倒し、朱美はその勢いで路上を滑走し北側の歩道の縁石に頭部を強打したものであること、の各事実が認められる。前掲の証拠中これに反する部分は措信しえず他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、茶木は第二車線から第一車線へ車線を変更する際、左前方ないし左側方の安全確認義務を尽さなかつた過失により、本件事故を発生させたものといわねばならないから、民法七〇九条により本件事故に基づく損害を賠償すべき義務がある。

2  請求原因3(二)(被告会社の責任)については、当事者間に争いがない。

三  亡朱美の損害

1  逸失利益 一八五五万〇一三八円

朱美が本件事故当時満一七歳の女子であつたことについては、当事者間に争いはなく、同人が健康体であつたことは原告本人鄭鐘錫尋問の結果より認められ、またその平均余命が六二年を下らないことは公知の事実である。

右事実によれば、同人は、本件事故に遭わなければなお五〇年間稼働して収入を得ることができたものと推定される。

ところで証人鯉池勇子の証言および原告本人鄭鐘錫尋問の結果によると朱美は本件事故当時喫茶店にウエイトレスとして勤務するかたわら父親経営の不動産会社の手伝いをしていたことが認められるが、本件全証拠によるもその具体的な収入額を認定するにたりない。しかしながら同人も健康な一女子としてその稼働可能期間中少くとも同年代女子の平均賃金以上の収入を得ることができたものというべきである。

そして昭和五四年賃金センサスによれば女子労働者の「一八―九歳」の産業計企業規模計学歴計平均給与年額は一二五万一六〇〇円(現金給与月額九万四七〇〇円、年間賞与等一一万五二〇〇円)であるからこれより生活費として四〇パーセント控除のうえ、年別ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除してその間の逸失利益を算出すると、一八五五万〇一三八円となる。

算式125万1,600×(1-0.4)×24.7019=1,855万0,138円

2  慰藉料 一二〇〇万円

朱美は、本件交通事故後直ちに、シミズ外科病院に入院し治療をうけたが、効なく左急性硬膜下血腫で受傷後七日経つた一〇月一九日死亡したものであることについては当事者間に争いはなく、その他本件全証拠によつて認められる諸般の事情を考慮すると、その慰藉料額は一二〇〇万円が相当である。

3  治療費 二四九万五二〇〇円

治療費として二四九万五二〇〇円を要したことについては、当事者間に争いはない。

4  入院諸雑費 八〇〇〇円

朱美が本件事故の発生した五四年一〇月一二日から同月一九日まで八日間入院して治療をうけていたことについては、当事者間に争いがないから右事実によれば入院諸雑費として一日一〇〇〇円を要したものと認めるのが相当である。

5  付添費 二万四〇〇〇円

朱美の前示受傷部位・程度から考えて家族による付添いが必要であつたことがうかがわれるから、右事情を考慮すると付添費として一日三〇〇〇円を認めるのが相当である。

四  原告らの損害

1  葬儀費用 七〇万円(各三五万円)

原告本人鄭鐘錫尋問の結果によれば、原告らは朱美の葬儀費用として七〇万円以上の金員を支出したことがうかがわれるから、葬儀費用として原告らの請求する七〇万円は相当な損害と認められる。

2  弁護士費用 五〇万円(各二五万円)

本件事故の内容、請求額、認容額その他一切の事情を考慮すると、原告が本件訴訟進行のため要する弁護士費用として被告らに請求できる金額は五〇万円が相当である。

3  相続

成立に争いのない乙第一〇号証、原告本人鄭鐘錫尋問の結果によれば、朱美と原告鄭鐘錫は韓国籍、原告久世岸子は日本国籍を有するものであり、原告らは朱美の実父母であることが認められるから被相続人たる朱美の本国法である韓国民法一〇〇〇条、一〇〇九条に従い、原告らは同人の死亡により同人の前示損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続取得したことになる。

五  過失相殺

1  前掲の各証拠を総合すれば、朱美は七条通東行車線の第一車線と第二車線の境目付近を走行していたことが認められ、右認定に反する証人鯉池の証言は措信できない。また右各証拠によれば朱美はヘルメツトを着用していなかつたことが認められ、本件事故状況に照らしもしヘルメツトを着用していたならば、死亡という最悪の事態は避けえたものと推認される。

2  右各事実によれば本件事故については、朱美においても道路左端を走行しなかつたことおよびヘルメツト着用を怠つたことの点において過失があつたものといわざるを得ないが前掲の証拠によれば当時七条通東行車線の第一車線には所々に駐車中の車があり、本件事故現場の前方の第一車線にもワゴン車が駐車していたことが認められるから、このような当時の状況に照らすと朱美が道路左端を走行していなかつたとしてもそのことに大きな過失があつたものと評価することは相当でないと考える。

なお被告らは朱美が茶木の左折の合図を漫然と見逃した過失があると主張するが、すでに判示したように本件事故は、約二〇キロメートルの時速で先行する朱美の原動機付自転車に、時速約四〇キロメートルで進行してきた茶木運転のタクシーが追いつき、朱美の原動機付自転車に並びかけた時に茶木が左転把したため自車を朱美の原動機付自転車に衝突させて生じたもので、かかる状況のもとでは、茶木が左折の合図をしたとしてもそれによつて本件事故が回避しえたものとは認められないから右主張は採用しえない。

以上の諸事情および前示の本件事故の発生状況を総合して考えると、朱美の過失割合は二割と認めるのが相当である。

六  損益相殺

原告らが自賠責保険より二〇〇〇万円を受領したことおよび、治療費については、被告会社がこれを負担したことは原告らの自認するところである。

七  結論

よつて原告らの本件請求は、被告らに対し前示損害金のうち弁護士費用を除くその余の金額について前示の過失相殺をした上、受領済の金員(各二分の一宛)を控除した各金二五一万三三三五円及び内金二二六万三三三五円(弁護士費用を除くその余の損害)に対する訴状送達の日の翌日である昭和五五年六月一〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村田長生)

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